見切り発車で行こう!

考えすぎず、まずやりたい。

人によって態度を変えるのはある意味では当然。みんなに分け隔てなさすぎる方が心配

日常生活において、人間関係というのは常に付きまとうものですよね。

その中でも、友達や恋人、職場仲間や家族など色んな人との関係を築いていくことは普通ですよね。

で、核心に。

人や場面によって態度を変えることはそんなにいけないことなのか?

今回は、自分なりのこの「態度を変える」という意味について考えてみました。

そもそも、仲の良さでみんな絶対に差をつけているはず

「人によって態度を変える」というのも、「どのくらいのレベルで態度に差をつけるか」というのがまず問題になります。

これが、「あからさまに態度を変えている」か「一見普通にしながら、対応を変えている」ということの2つに分かれると思います。

たぶん、人々の中で批判されるべきは性別や上下関係などによってあからさまに態度を変える人のことですよね。

自分も、あからさまな人というのはあまり好きじゃありません。

よくイメージしやすい光景としては、職場などで自分の上の人には手をスリスリしながらイエスマンをしているが後輩や部下の前では怒鳴り散らしている。

ドラマとか見ていると、たまにこういう人を見かけますがさすがにこれはみんな嫌いでしょう。

こういったあからさまな人は批判されるべきだと多くの人が思っていてわかりやすいのですがあまり表には出さすに普通に差をつけている人も沢山いますよね。

というよりも、究極的なことを言うと人類全員がそうじゃないかと思うんですよね。

例えば友人関係。

すごく仲の良い友達から夜中に急に電話がかかってきて、「お金がなくて一晩だけ泊めてくれない?」と言われたとしましょう。

「何事か?」と思うでしょうが、さすがに何も聞かずに「いや、無理」で終わらす人はあまりいないでしょう。

最終的に、家に人を泊めるのが嫌という性分の人でも話を聞いた上で「ごめん、ちょっときついわ~」って断ることが多いと思います。

でも、これがそんなにつながりの濃くない「知り合いレベル」の人だったらどうします?

たぶん、上記のような電話がかかってきたら「仲の良い友達よりはドライに対応して断る」ということをしますよね。

仲が良いかどうかで差をつけるのは当たり前かなと。

人は、自分の友達の中でも優先順位をつけたりしてると思うんですよね。

みんなに完璧に公平にしてたら「親友」なんて言葉って出てこないでしょうし・・。

また、別の例えとしては自分と仲の良い友達や距離が近い人が不幸なことになってしまったとしましょう。

めちゃくちゃ悲しいですよね。

でも、朝のニュースとかで「自動車事故で今朝~市で2人が・・」みたいなのを見てもせいぜい「あ~、可哀そうだな~」ぐらいにしか思いませんよね。

これって、自分と距離が遠いからということになるんですよね。

逆に、毎日ニュースを見て悲しんで泣いてくれる聖母マリアのような人っているんですかね?

みんなに同じ顔をしていて、逆に大丈夫?


たまに、「俺って結構みんなに対して公平だよね?」なんてことを言う人がいたりしますがそういう人に限って肝心なところではしっかりと差をつけてたりします。

そんなに「みんなに対して分け隔てない態度だよアピール」っていらないです。

むしろ、その方が不自然であまり鵜呑みにはできない気がします。

自分たちは、日本全国もしくは世界各国の人たちに対して少なからず優先順位をつけているからです。

自分はそんなことないと思っていても、距離が近い人と遠い人で少なからず対応は違います。

みんなに分け隔てないと思っている人は、そういうフリを頑張ってしているだけであって本当の優しさではない気がします。

かくいう僕は、みんなに平等になんて一切思ってなく、もちろんあからさまに態度に差をつけることはないですけど友達よりも恋人優先だし、仲の良い友達の頼みはそんなでもない友達よりも当然優先します(実際に頼みを聞くかは別として)。

自分の友達の中で、優先順位はある程度あるからです。

それって自然なことだと思うんですよね。

まあ、人によって態度を変えることがよろしくない風潮がありますけどあからさまでなければ何も問題ないんじゃないでしょうか。

少なくとも、批判をされる覚えはないですよね。

人間関係って、平等にしようとすればするほど疲れてしまいます。

「ニュース見て、知らない誰かが窃盗事件にあった話を聞いて本気で悲しみますか?」

「友達が同じような事件にあったら、少なくともニュースに出ている被害者よりは労わりますよね?」

こういうレベルのことも含めて、人によって態度を変えるということに今回は言及してみました。