見切り発車で行こう!

考えすぎず、まずやりたい。

「ゲームは時間の無駄」だと思わないと現実世界でやってられない理由

前もって言うけど、ゲームは好きですよ!

現実から離れたところで現実じゃできない色んな事ができるところがゲームの魅力。

でもでも・・

やばいよやばいよ!

ゲームのし過ぎで全然仕事してないよ!

楽しいゲームは本当に快楽であると同時に危険だよ!

今回は、ちょっと現実世界から離れて本業がおろそかになっている人などに「現実世界でのレベルアップの方が楽しいよ?」ということを自分への戒めもこめて書いていきます。

終わりがないゲームにハマるとあっという間に1か月がすぎちゃう!

自分はフリーランスなので自宅を事務所にして仕事をしているわけです。

で、やっぱり自宅仕事で自分主体で仕事のスケジュールを組めるということはほぼ誰にも指図や命令を受けずに人間関係に悩まされることもないわけです。

さらに、サラリーマン時代にあった「通勤」「何時までに出社しなきゃ!」「体調が悪い・・会社に連絡しなきゃ・・」これらのことを一気になるので本当にストレスフリーになるわけですよ。

ぶっちゃけ、通勤がなく朝何時まで寝てても良く体調が悪い時は誰の許可もとらずに休むことができるというのはものすごい最高の保険です。

でもですよ。

逆にいうと、「自由というのは人をダメにするもの」でもあるのです。

自分がまさにそれになりました。

数か月前に鉄拳7という格闘ゲームを購入しました。

グラフィックとか操作性とか、オンライン対戦とか面白くてとにかくハマってしまいました。

最初の頃は、頑張って自分が決めた仕事のノルマを終えてから「よし終わった!鉄拳やるぞ~!」ってな感じで夜な夜なやっていたのですが・・・

最近の1か月はまさに残酷なニートに成り下がってしまいました。

昼ぐらいに起きて、ちょっとご飯食べて仕事を始める前にちょっと2~3試合くらいやろうかなと思ってプレイしていると相手が強くて・・・相手といい勝負をして・・・気づいたら3時間ぐらいずっとやっているという現象になっていたこともあります。

もはや、youtubeで鉄拳のフレーム知識を仕入れたりしてもう一旦タガが外れたら鉄拳で激闘をして疲れたら(格闘ゲームは結構疲れるんです)昼寝して、夜になって酒を飲みながらご飯食べてまたその勢いで試合やって勝ったり負けたりして・・「今の自分のプレイはよかった!」「今の負けには納得できない!」なんてアメとムチを与えられて・・・

それで・・・結局毎日ゲームのことばかり考えたりちょっとだけやるつもりが数時間なんてことが当たり前になっていって先月は全くといっていいほど仕事してませんでした・・・・これはマジでやばいよ(涙)

楽しいとか、そういう感情もなくなってきて段々と常に試合していないと・・・というようなわけのわからないモードになって「仕事しないとやばい!」的な発想は時々頭の片隅には出てくるんですよ・・・でも所詮片隅。

もう、ゲームにはまりすぎると自由な俺は崩壊していくのも自由だということに気づいてそして実感しました。

そして、つい先日こんな生活はマジでやばいと思ってやりました・・・

鉄拳7を処分!

ようするに、捨てました。

あればやってしまう、だからなくなればいい。

この作戦は今のところ成功です。

仕事を再開することができました。

休憩中にとりあえずコントローラーを持つこともなくなりました。

やばいよ、ゲームに費やした1か月の時間を仕事に費やしていればものすごい成果物になったのに・・。

フリーランスの人間は特に危険!「ちょっとだけ・・」というのがやばい

格闘ゲームほど、ちょっとだけという決意はアテにならないものですね。

いや、格ゲーに限らずほぼすべてののめりこんでしまうゲームに言えることでしょうね(汗)

家で勉強や仕事など、作業をしなくてはならない時に楽しいゲームが横にあるのはやばいんです。

それを実感しましたから。

これは、自分が高校生とかの学生時代でも勉強しなくてはいけないのについRPGをキリのいいところまでやってから勉強しようと思いつつも気づいたら数時間ぐらいプレーしていた・・・ということ以上のやばさです。

学生時代は、まだ親に依存しているからいいんです。

思いっきりやばさを実感するのが、自分のような自宅仕事で生計を立てるフリーランス

ゲームとフリーランス・・・怖い組み合わせだということをものすごく実感しましたよ。

ゲームがあると、お金の心配があっても人ってこうも目の前の仕事よりも快楽に没頭してしまうものなんですかね・・・。

しかし、それは個人の意思の力が弱いからこそ起きることなのか・・。

いや、だからこそ自分のような意思の力が弱い人間はそういうのに誘惑されないようなシステムを作らねばと思って「鉄拳7がない環境=鉄拳7を捨てる」という思い切った行動に至ったわけです・・。

ゲームで得たものと、現実世界で何も得ていないものを比較する虚しさ

ゲームをしていると、その最中は面白いと本当に思った作品に対してはものすごく高揚感が出てきますがその楽しいゲームもクリア終盤に差し掛かったりしてエンディングを迎えて余韻にひたっていると、「あれ?すごくよかったけど、50時間もプレイして得るモノなかった・・」ってな気持ちになることが多々あるわけですよね。

FFやドラクエなどのRPGなんかはまさにそうですね。

大体、RPGってクリアに要する時間は体感的に平均して50時間前後というところなんですけどやっている最中は「次のストーリーや謎の解明が気になる!新しいアビリティや特技を覚えて快感!」なんていうちょっとトランス状態に入っていますけどいざクリアしてストーリーもムービーも最高でクリアした後はちょっとした後悔というか、虚無感が待っているんですよね・・・。

「すごくよかったから時間の無駄とは思わないけど、50時間も現実世界で費やしていたらもっと生産性のあることができていたんじゃないか?」

こんなことを考えることがよくあります。

ゲームをしている50時間、例えば仕事をしたりとか勉強したりとかアルバイトしたりとかしていれば現実世界でのレベルアップや生活向上は間違いなくゲームをしていた場合よりもアップしているわけなんですよね。

そう思うと、時々悲しくなるわけですよ・・。

ゲームで人生に影響を与えることもある。だけど、現実世界に戻って食いしばった方が未来は楽しくなる!

でも、自分はRPGなどゲームでものすごい世界観や日常生活でも使えるような素晴らしい名言などにも巡り合いましたし格闘ゲームに熱中して、考えながら向上していくことの重要性など「たかがゲーム、されどゲーム」という風に考えています。

なので、本質的にはゲームが時間の無駄なんてことは全く思ってないです。

そりゃ、何かをやるのが面倒くさくて惰性でやっているゲームは時間の無駄だと思いますけど自分が面白いと思ってやったゲームなら何か得るモノがあると思います。

でも、「無駄!」と思ってすっぱりとやらないことを決めるのも大事だと思うんですよ。

人間、意志の力というのはそこまで強くないです。

誘惑に弱いのが人間です。

だから、ゲームをプレイする時間があったらその分だけ現実世界の生活向上に時間を使った方がやっている最中はゲームほど楽しくはないけどそれが積み重なって現実がより楽しくなると思うようにした方がトータルで見ると人生を楽しめるんですよ。

少なくとも、自分は鉄拳7は楽しいですが自分の仕事が明らかにおろそかになり金銭的にも心配になったのでそういう風に思うことにしました。

「ゲームは時間の無駄ではない。でも、リア充になりたかったら無駄と思うようにしよう!」